移動通信ネットワーク・システム
自動車電話・携帯電話の登場以来,移動通信は音声通話から大容量データ通信まで発展してきました。2020年に日本でも各携帯電話キャリアからサービスが開始され,注目を浴びている5Gは第5世代移動通信システム (Fifth-generation mobile communication system) のことを表します。第1世代から第5世代までの移動通信システムの特徴と技術を振り返ります。
第1世代移動通信システム (1G)
第1世代移動通信システムは,1983年に登場したアナログの携帯電話です。アナログ電話なので回線交換方式の通信です。双方向通信方式には,上り下りで別の周波数を用いる周波数分割複信 (FDD: Frequency Division Duplexing) を採用していました。また,複数の端末の同時接続には,異なる周波数(チャネル)を割り当てる周波数分割多元接続 (FDMA: Frequency Division Multiple Access) 方式を用いることで多元接続を実現していました。接続した端末の通信は,割り当てられたチャネルの中心周波数を搬送波とした周波数変調 (FM: Frequency Modulation) が用いられていました。第1世代移動通信システムは,北米標準の Advanced Mobile Phone System (AMPS),AMPS をイギリス向けに変更され日本でも J-TACS として採用された Total Access Communication System (TACS),北欧で開発されヨーロッパ諸国で使われた Nordic Mobile Telephone (NMT) があるが,どの技術も FDD,FDMA,FM を採用していました[1]。
第2世代移動通信システム (2G)
第2世代移動通信システムは,1993年に第1世代移動通信システムの後継として登場したデジタル方式の移動通信システムです。双方向通信方式は第1世代移動通信システムと同様に FDD を採用していますがが,多元接続方式はより多くの端末を同時接続するために,周波数方向ではなく時間方向で電波資源を分割する Time Division Multiple Access (TDMA) 方式,または,同一周波数を複数の端末で使うが符号化により多元接続を行う Code Divison Multiple Access (CDMA) が用いられていました。第2世代移動通信システムも国・地域ごとに標準が異なり,ヨーロッパでは FDD-TDMA 方式の Global System for Mobile communications (GSM) で統一されたが,北米では FDD-TDMA 方式の IS-54 / Digital AMPS (D-AMPS) および IS-95 / cdmaOne の2つの方式が同時に展開されました。日本でも FDD-TDMA 方式の Personal Digital Cellular (PDC) という独自規格が NTT ドコモで展開される一方,現 au の IDO と DDI セルラーグループ各社は IS-95 / cdmaOne の方式でサービスを展開していました。
第2世代移動通信システムは,通信がデジタル化されたため SMS のようなメッセージサービスが登場しました。第2世代移動通信システムの当初は回線交換方式であったものの,拡張により 2.5G,2.75G と発展していく中でパケット交換方式も採用されるようになっていきました。この時期に利用者数やデータ通信利用が拡大したため,GSM は General Packet Radio Service (GPRS) と呼ばれる 2.5G 移動通信システムや Enhanced Data Rates for GSM Evolution (EDGE) と呼ばれる 2.75G 移動通信システムへと改良が加えられていき,第3世代移動通信システムの技術につながっていくこととなりました。
第3世代移動通信システム (3G)
第3世代移動通信システムは,増加する利用者数とデータ通信レート(通信帯域)への要求に対応するために開発されました。これまでは米国ATIS,欧州ETSIなど国や地域ごとに異なる規格が標準化されていたが,第3世代移動通信システムでは国際ローミングが可能となるように統一の規格を目指したことも第3世代移動通信システムの特徴です。このために,1998年12月に各国・地域の標準化団体により 3GPP (Third Generation Partnership Project) という標準化プロジェクトが設立されました。3GPP が作成した資料を元に各国・地域の標準化団体が標準規格として制定し,国際電気通信連合 (ITU: International Telecommunication Union) がこれらを参照した勧告を発行するため,3GPP の技術仕様は実質的に国際標準規格として扱われています。第3世代移動通信システムの規格は,1999年に ITU により International Mobile Telecommunication 2000 (IMT-2000) として勧告されました。3GPP という標準化プロジェクトの名前はこの第3世代移動通信システムの標準化を行っていたことに由来していますが,この後の 4G や 5G の技術仕様も 3GPP で規格化されています。
第3世代移動通信システムは,統一の規格を目指したものの,様々な理由で統一には至らず IMT-2000 では5種類の地上系無線方式が勧告されました。上りと下りの復信方式としては第2世代移動通信システムまでで採用されてきた FDD 方式以外に,時間で分割する時分割復信 (TDD: Time Division Duplexing) の規格も登場した。多元接続方式については第3世代移動通信システムにおいても,第2世代移動通信システムで採用された TDMA と CDMA の2種類の方式で規格化されています。日本では FDD-CDMA 方式の IMT-DS / W-CDMA(NTT ドコモ,ソフトバンク)と IMT-MC / CDMA2000 (au)の2種類でサービスが提供されています。IMT-DS 方式は Universal Mobile Telecommunications System (UTMS) 方式や UMTS Terrestrial Radio Access (UTRA) とも呼ばれる。CDMA 方式で FDD ではなく TDD を採用した UTRA-TDD という規格 (IMT-TC) に対し,IMT-DS は UTRA-FDD とも呼ばれます。また,NTT ドコモが IMT-DS を Freedom of Mobile Multimedia Access (FOMA) として3Gサービスを開始したため,FOMAとも呼ばれます。
IMT-2000 勧告後,第4世代移動通信システムの規格化までにも移動通信システムの規格は段階的に高度化されており,第4世代移動通信システムで規格化される周波数の直交成分を用いて FDMA よりも高密度な多元接続を実現する Orthogonal Frequency Division Multiple Access (OFDMA) などを採用したものが非公式に第3.9世代移動通信システム (3.9G) と呼ばれています。第3.9世代移動通信システムとしては,3GPP Release 8 として定義される Long Term Evolution (LTE) や Institute of Electrical and Electronics Engineers (IEEE) で規格化された IEEE 802.16e を元に IMT-2000 OFDMA TDD WMAN として規格化された WiMAX がある。なお,3GPP の技術仕様はリリース (Release) により管理されています。詳しくは 3GPP Releases を参照してください。Release 96 から Release 99 までは西暦の下2桁を採用していましたが,2000年以降は Release 4 からのシリアル番号形式になっています。LTE は 2008年に Release 8 として制定されています。
第4世代移動通信システム (4G)
第4世代移動通信システムは,第3世代移動通信システムからさらなる高度化のために開発されました。第4世代移動通信システムは ITU の定める IMT-Advanced 規格であり,2011年に 3GPP で策定された Release 10 の LTE-Advanced と IEEE 802.16m として規格化された WiMAX2 を含みます。
第2世代移動通信システムにおける拡張以降,移動通信システムはパケット交換方式に対応してきましたが,音声サービスには回線交換方式を利用していました。そのため,パケット交換網と回線交換網の両方を保守する必要がありました。第4世代移動通信システムでは,回線交換網をサポートせず,すべてのシステムをパケット交換網で実現しています。このパケット交換網上で音声サービスを提供するための第4世代移動通信システムの拡張として,LTE の品質保証 (QoS: Quality of Service) 機能を用いた VoLTE (Voice over Long Term Evolution) があります。
パケット交換網のみのシステムとなったことで,第4世代移動通信システムのコア網 (EPC: Evolved Packet Core) は,端末の移動を管理する Mobility Management Entity (MME) やユーザ管理をする Home Subscriber Server (HSS) などのコントロールプレーンとサービスを提供する端末側(基地局側)のゲートウェイである Serving Gateway (S-GW) やパケットデータ網(インターネット)側のゲートウェイである Packet Data Network Gateway (P-GW) といったユーザプレーンを分離したアーキテクチャとなりました[3]。
第5世代移動通信システム (5G)
第5世代移動通信システムは,大容量通信や多量の Internet of Things (IoT) 機器の接続などの要求から ITU により IMT-2020 として
- 高速大容量 (eMBB: Enhanced Mobile Broadband)
- 低遅延 (URLLC: Ultra Reliable Low Latency Communications)
- 多数同時接続 (mMTC: Massive Machine Type Communications)
の3つの要求が定義されています。第4世代移動通信システムでは,3GPP (LTE-Advanced) 以外に IEEE で標準化された仕様 (WiMAX2) も IMT-2000 を満たす仕様として標準規格となっていましたが,第5世代移動通信システムでは IMT-2020 の仕様を満たすのは 3GPP の規格のみとなっています。
第5世代移動通信システムには,Non-Standalone (NSA) と Standalone (SA) があります。NSA は第4世代移動通信システムのコア網である EPC を再利用したシステムであり,通信制御には LTE の周波数,システムを利用します。一方,SA は 5G のコア網(5GC)のみを利用したシステムです。2020年7月現在日本国内で商用サービスとして提供されている 5G は NSA 構成です。
第5世代移動通信システムの特徴としては,New Radio,Massive MIMO,Non Orthogonal Multiple Access (NOMA),Control-plane/User-plane (C/U) 分離の4つがあげられます。
New Radio は 28 GHz 帯に代表される高周波数帯(ミリ波,mmWave)のことであり,第4世代移動通信システムまでに使われてきた 800-900 MHz 周辺や 2 GHz 周辺の周波数帯と比較すると非常に高周波です。そのため,広帯域のスペクトラムを使うことができ,超大容量通信が実現できます。一方,高周波数帯の電波は指向性が高く,物体の透過や回り込みが小さいため,基地局のセル設計などが課題としてあげられています。
Massive MIMO は複数のアンテナを送受信に使い通信品質を向上する Multiple-Input and Multiple-Output (MIMO) 技術を多数(例えば32から128)のアンテナに拡張したものです。Massive MIMO により,受信機からフィードバックされたチャネル状態情報 (CSI: Channel State Information) を用い複数ストリームをプリコーディングすることで電波の指向性を作り出すビームフォーミングにより高効率な通信を行うことができます。また,複数の電波伝搬路を用いて空間多重をすることができます。
NOMA は,より多くの端末が同時に接続できるようにする多元接続方式です。OFDMA では,周波数直交成分を用いた多重化原理により多元接続を行っていましたが,NOMA では周波数成分では OFDMA の直交性を保ちながら,電力軸で複数の端末を多重化する多元接続方式です[1,4]。
C/U 分離は,LTE で導入された EPC のアーキテクチャを見直し,ネットワーク機能のコントロールプレーンとユーザプレーンの分離を進めたアーキテクチャとなっています。LTE との大きな違いは,ネットワーク機能仮想化 (NFV: Network Functions Virtualization) などの仮想化技術を見据えて機能を細かく分離している点があげられます。