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COVID-19に対する日本の水際対策における法的問題と技術的課題(前編)

公開日:2022年2月19日

このような状況下での海外への渡航に対する批判もあることは理解しますが、日本は法治国家(のはず)なので、ここでは法的な視点から日本の水際対策に関してまとめていきたいと思います。また、技術者として、手続きのデジタル化や信頼、データの取り扱いについて感じた課題についてもまとめます。

注意: 著者は法曹ではありませんので、法的解釈については誤りがある可能性があると思って読んでください。

水際対策関連法の沿革

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の水際対策は基本的には検疫法(昭和二十六年法律第二百一号)に基づいて行われていると考えられます。日本国内では、2020年1月14日に1例目のCOVID-19患者が確認されています(厚生労働省:新型コロナウイルスに関連した肺炎の患者の発生について(1例目))。この1例目確認から約1ヶ月後の2020年2月13日に新型コロナウイルス感染症を検疫法第三十四条第一項の感染症の種類として指定する等の政令(令和二年政令第二十八号)が公布され(翌2月14日施行)、COVID-19が検疫法を準用する感染症として指定されました。この政令では、検疫法第34条の規定により、施行から1年(まん延状況等の事情を鑑み、必要である場合はさらに1年延長)という期限を定めています。

そのため、2021年2月3日に公布された新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律により、新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成二十四年法律第三十一号)感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)を改正することで、COVID-19を検疫法第34条の規定による時限的に指定された感染症ではなく、検疫法第2条第2号の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に規定する新型インフルエンザ等感染症」に該当する「検疫感染症」として規定し、2021年2月13日から施行されています(新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部改正は同年4月1日施行)。この法改正に伴い、令和三年政令第二十五号により、新型コロナウイルス感染症を検疫法第三十四条第一項の感染症の種類として指定する等の政令が廃止となり、検疫法施行令(昭和二十六年政令第三百七十七号)にCOVID-19の停留期間が定められる改正がなされました。

つまり、現状のCOVID-19水際対策関連法としては、以下の4つが現行法であると考えられます。

これ以外にも民法やその他行政法、外国人については出入国管理法なども関係すると思われますが、そこまでは調べ切れていないのでご容赦ください。

水際対策の実態

飛行機を降りてから検疫の撮影が禁止されているので、記憶をたよりに書きます。同じ手続きが複数回あったので、実際は何を確認しているのかよく分からない窓口もありました。ほとんどが紙ベースのアナログな手続きなので、ダブル・トリプルチェックのためか、同じ書類を何度も見せる必要があります。

こちらが用意する書類は以下の6つだったと記憶しています。

  • パスポート
  • 検査証明書(日本到着便の出発72時間以内に検査し、陰性であるもの)
  • 誓約書
  • 健康カード
  • 検疫法第12条の規定に基づく質問票
  • Web質問票の入力結果QRコード(印刷でなくスクリーンショットでも可)

手続きとしては概ね以下の順序だったかと記憶しています。

  1. 書類が揃っていることのチェック
  2. 健康カードの確認(待機施設での隔離の有無や日数の確認)
  3. 質問票の提出・Web質問票の入力結果QRコードの提示
  4. 抗原検査(唾液の採取)
  5. MySOSのインストール確認・設定確認
  6. 誓約書に記載したメールアドレスの確認
  7. 誓約書の提出
  8. (待機施設での隔離がある場合)検疫所宿泊施設登録票の記載と提出
  9. 抗原検査結果の確認

1の書類のチェックで検査証明書の確認、誓約書や質問票、健康カードの記載内容の確認を行っていました。

2の健康カード(カードではなく、14日以内に訪問した国・地域を記入するA4両面1枚の紙)を確認すると、入国者固有と思われる番号が発行されます。おそらくこの健康カードの確認の時点でパスポート情報とこの番号の紐付けを行っているものと思われます。2021年11月に入国(成田)した際にはパスポートにこの番号のシールを貼られましたが、2022年1月の入国時(羽田)は健康カードに貼付されました。これ以降の手続きでは、番号シールの定時を求められます。また、この一定の待機期間に選挙があった場合の特例(郵便による投票)の簡単な説明と、その際にこの健康カードが証明書として必要である旨の説明があります。

3の検疫法第12条の規定に基づく質問票とWeb質問票の内容は重複する部分もありますが、Web質問票の方には座席情報や住所等を記載する必要があるので、紙の質問票は検疫法上の措置(待機施設での隔離など)を執るためのもので、Web質問票は濃厚接触者を特定するためのものであると思われます。

4の抗原検査は2021年11月の入国(成田)、2022年1月の入国(羽田)ともに唾液によるものでした。検疫官を含め、PCR検査ではないものをPCR検査と呼んでいるのには違和感を覚えましたが、日本全体でこの風潮なので諦め気味です。

5は「厚生労働省の指定するアプリ」であるMySOSのインストールとその設定確認です。iPhoneの場合しかわかりませんが、2021年11月の入国の際は、iOS側の設定からMySOSの位置情報の送信を「Always」に設定させられたのですが、2022年1月の入国の際は「Always While Using」でも大丈夫でした。ただ、代わりに、「Location Services > System Services > Significant Locations」が On になっていることの確認はされました。Androidの場合は、Google Mapsの位置情報のトラッキング機能が有効になっていることを確認するらしいという噂を聞きましたが、実体験していないので真偽は不明です。

6のメールアドレスの確認は、対応スタッフの持っているiPadからメールを送り、自分のスマホで受信できることを確認する、という手順です。(この問題点は後編で議論しますが)この確認メールの送信元は @gmail.com のアドレスです。

7は誓約書を提出するだけです。5の手続きあたりでスマートフォンの有償レンタルをしている臨時営業窓口が設置されていたので、スマートフォン関係の手続きは後ろ側に持ってきており、6のメールアドレスの確認をする必要があるため、ここまで誓約書を持ち歩かないといけないのかな、と推察します。2021年11月の入国の際には3のWeb質問票の入力結果QRコードの提示がこのあたりだった記憶があるのですが、この違いが成田と羽田の違いなのか、QRコードとスマートフォンのレンタルは関係無いと考えて順序が変更になったのかは定かではありません(そもそも記憶違いかもしれません)。

8は、抗原検査結果確認の前に、検疫所の指定する宿泊施設で待機が必要な人には、宿泊施設に関する要望(禁煙・喫煙等)を質問される窓口があり、その質問に回答した後に「検疫所宿泊施設登録票」が配布されます。

9の抗原検査結果の確認は、2021年11月の入国(成田)ではソーシャルディスタンスが確保されているとは思えないそれなりに密なパイプ椅子に順に座らされて待機でしたが、2022年1月の入国(羽田)では149番搭乗口付近(記憶が正しければ)で自由着席で待機になりました。羽田は搭乗口なので電源があるのがうれしいところですが、149版搭乗口は端なので、検査結果受領後ものすごく歩きます。

上記の手順について、個人的な主観に基づく感想にはなりますが、スタッフは不特定多数とパスポートや書類の受け渡しをすることになり、また、入国者はそのスタッフとこれらの受け渡しをしないといけないので、感染症対策としては矛盾していることだらけのように感じます。どちらが正しいとは一概には判断できませんが、感染症対策のために入国・税関申告用のキオスク端末や税関申告書の運用を停止して、(必要に応じて)口頭で税関申告を行うようにしている米国とは対照的に感じました。

水際対策の法的問題点

2022年1月時点での日本入国における水際対策は上述したとおりです。紙のやりとりや関わるスタッフの人数があまりにも多い(感染症なので少人数で対応した方が濃厚接触者は減らせるはず)などの心配はありますが、新型コロナウイルス感染症やその変異株の国内流入を防ぐための対策を講じていること自体は、さまざまな点で賛否はあれ、評価すべきことだと思います。一方で、実際に当事者となってみると、水際対策のうち、法的に問題がある部分もあるのではないか、と思い、調べてみましたので、その内容をここで述べさせていただきます。

もちろん、日本の最高法規である日本国憲法第12条、第13条及び第22条第1項で

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 てはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

日本国憲法(昭和二十一年憲法)より引用)

と規定されているように、あらゆる自由及び権利が「公共の福祉」に反しない条件で保障されるという原則があることを前提として議論します。なので、待機施設での隔離等が自由や私権を制限するものであり違法だ、というつもりはありません。一方で、法治国家である以上、これらの制限は検疫法等の法律を根拠に行われるべきであると考えます。その上で、現状の水際対策の法的問題点を議論していきます。

上述の「水際対策関連法の沿革」で説明したとおり、COVID-19は検疫法第2条第2号の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に規定する新型インフルエンザ等感染症」に該当する「検疫感染症」として規定されています。

水際対策の法的根拠を理解するためには、山尾志桜里議員(当時)の新型コロナウイルス感染症の水際対策の法的根拠等に関する質問主意書とそれに対する菅義偉総理大臣(当時)の答弁が参考になります。

検査証明書の法的根拠について

上記答弁によると、検査証明書を不提出または無効な検査証明書を提出した場合に入国を拒否する事例があることについては、検疫法第18条第1項を根拠としています。検疫法第18条第1項は、

検疫所長は、検疫済証を交付することができない場合においても、当該船舶等を介して検疫感染症の病原体が国内に侵入するおそれがほとんどないと認めたときは、当該船舶等の長に対して、一定の期間を定めて、仮検疫済証を交付することができる。

と規定しており、乗客から提出された検査証明書が無効であった場合やこれが不提出であった場合は、検疫所長が「検疫感染症の病原体が国内に侵入するおそれがほとんどない」と認めなければ仮検疫済証を交付しないという判断が可能となります。つまり、検疫法上は、乗客個人の入国を拒否しているわけではなく、検疫法第5条の

外国から来航した船舶又は外国から来航した航空機(以下「船舶等」という。)については、その長が検疫済証又は仮検疫済証の交付を受けた後でなければ、何人も、当該船舶から上陸し、若しくは物を陸揚げし、又は当該航空機及び検疫飛行場ごとに検疫所長が指定する場所から離れ、若しくは物を運び出してはならない。(ただし書き略)

の規定に基づき、全乗客と荷物が空港の指定場所から離れられないと解釈できると考えられます。答弁からは具体的にどのような手続きで特定の個人の入国(上陸)を拒否しているのかは読み取れないですが、「検疫済証」又は「仮検疫済証」の交付条件に「有効な検査証明書を提出した乗客とその荷物のみ」のように定めることで事実上特定の個人の入国を拒否することも可能なのかと推察します。ただ、「当該航空機及び検疫飛行場ごとに検疫所長が指定する場所」で待機するのではなく、出発国に送還する根拠については理解できませんでした。「検疫済証」又は「仮検疫済証」は機長に対して交付されるものであると解されるので、航空会社と当該乗客間で何かのやりとりがあるのかもしれません。

(検査証明書に関する感想)

検査証明書の法的根拠と(送還までは理解できないとしても)入国(上陸)拒否の根拠まではわかりました。法的問題点の指摘の中に感想を書くのはどうかと思いましたが、現行法に照らし合わせた検査証明書の運用方法についての感想なので、ここに書かせていただきます。

検疫法第18条に基づく検査証明書による陰性確認は、出発前に航空会社による検査証明書の確認もあることと、検疫法上の「検疫済証」又は「仮検疫済証」の交付という考えに基づくのであれば、航空会社(機長)による確認と検疫所長への報告により「検疫済証」又は「仮検疫済証」の交付を受けることで、入国後に検疫所が自ら各乗客の検査証明書を確認する必要はないのではないかとも思います。現に、米国本土・ハワイ州は(2022年1月時点では)航空会社による検査証明書の確認のみで入国可能でしたので、航空会社に個々の検査結果確認を委任することは合理的かつ実施可能な制度であると考えられます。

もちろん、航空会社の不正や偽装された検査証明書の発見漏れなどは懸念事項としてはあると思いますが、日本の空港で検査証明書を確認している人たちも外部委託された検疫官(?)とアルバイトらしきスタッフなので、五十歩百歩かと……。雇用創出の意味はあるかもしれませんが、危険な水際対策業務を水増しして雇用を創出するという考えには賛同できないので、航空会社に任せても水際対策の業務量を減らしても良いのではないかな、と思います。

待機施設における隔離の法的根拠

次に、待機施設における隔離の法的根拠について議論します。検疫法第14条第1項は、

第十四条 検疫所長は、検疫感染症が流行している地域を発航し、又はその地域に寄航して来航した船舶等、航行中に検疫感染症の患者又は死者があつた船舶等、検疫感染症の患者若しくはその死体、又はペスト菌を保有し、若しくは保有しているおそれのあるねずみ族が発見された船舶等、その他検疫感染症の病原体に汚染し、又は汚染したおそれのある船舶等について、合理的に必要と判断される限度において、次に掲げる措置の全部又は一部をとることができる。

一 第二条第一号又は第二号に掲げる感染症の患者を隔離し、又は検疫官をして隔離させること。

二 第二条第一号又は第二号に掲げる感染症の病原体に感染したおそれのある者を停留し、又は検疫官をして停留させること(外国に当該各号に掲げる感染症が発生し、その病原体が国内に侵入し、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認めるときに限る。)。

三 第二条第二号に掲げる感染症の患者又は当該感染症の病原体に感染したおそれのある者に対し、当該感染症の感染の防止に必要な報告又は協力を求めること。

(第4乃至8号略)

と規定しており、検疫所長は、COVID-19の感染者については「隔離」することができ、また感染したおそれのある者(流行国からの帰国者)に対しては、「停留」させることができるとしています。検疫法における「隔離」は感染者について行われるものであるため、待機施設における3日、6日、10日又は14日間の隔離は、この「停留」に該当すると考えられます。

停留に関する規定は、検疫法第16条で以下のとおり定められております。

第十六条 第十四条第一項第二号に規定する停留は、第二条第一号に掲げる感染症の病原体に感染したおそれのある者については、期間を定めて、特定感染症指定医療機関又は第一種感染症指定医療機関に入院を委託して行う。ただし、緊急その他やむを得ない理由があるときは、特定感染症指定医療機関若しくは第一種感染症指定医療機関以外の病院若しくは診療所であつて検疫所長が適当と認めるものにその入院を委託し、又は船舶の長の同意を得て、船舶内に収容して行うことができる。

2 第十四条第一項第二号に規定する停留は、第二条第二号に掲げる感染症の病原体に感染したおそれのある者については、期間を定めて、特定感染症指定医療機関、第一種感染症指定医療機関若しくは第二種感染症指定医療機関若しくはこれら以外の病院若しくは診療所であつて検疫所長が適当と認めるものに入院を委託し、又は宿泊施設(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第四十四条の三第二項に規定する宿泊施設をいう。以下この項及び次条第一項において同じ。)の管理者の同意を得て宿泊施設内に収容し、若しくは船舶の長の同意を得て船舶内に収容して行うことができる。

3 前二項の期間は、第二条第一号に掲げる感染症のうちペストについては百四十四時間を超えてはならず、ペスト以外の同号又は同条第二号に掲げる感染症については五百四時間を超えない期間であつて当該感染症ごとにそれぞれの潜伏期間を考慮して政令で定める期間を超えてはならない。

4 検疫所長は、第一項又は第二項の措置をとつた場合において、当該停留されている者について、当該停留に係る感染症の病原体を保有していないことが確認されたときは、直ちに、当該停留されている者の停留を解かなければならない。

5 第一項又は第二項の委託を受けた病院又は診療所の管理者は、第十四条第一項第二号の規定により停留されている者について、当該停留に係る感染症の病原体を保有していないことを確認したときは、検疫所長にその旨を通知しなければならない。

6 第十四条第一項第二号の規定により停留されている者又はその保護者は、検疫所長に対し、当該停留されている者の停留を解くことを求めることができる。

7 検疫所長は、前項の規定による求めがあつたときは、当該停留されている者について、当該停留に係る感染症の病原体を保有しているかどうかの確認をしなければならない。

つまり、待機施設における隔離は、検疫法第16条第2項の規定に基づく宿泊施設内に収容する形での停留と解すべきであると考えます。このうち、検疫法第16条第3項における「当該感染症ごとにそれぞれの潜伏期間を考慮して政令で定める期間」は、COVID-19については検疫法施行令第1条の3第6号により336時間と定められています。最大14日間の待機施設での隔離の根拠は、この336時間であると考えられます。

待機施設における停留の法的問題点

上記のとおり、待機施設における停留は検疫法第16条第2項に基づくものであり、法的には問題ないと考えられます。また、潜伏期間を考えると、待機施設での停留とその後の検査は合理的であると感じます。

一方で、オミクロン株の市中感染が確認され、さらには国内でもまん延している状況においても水際対策として継続されています(2022年2月末が期限とはなっていますが。)。停留の根拠である検疫法第14条第1項第2号には、「外国に当該各号に掲げる感染症が発生し、その病原体が国内に侵入し、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認めるときに限る。」と規定されており、この停留の措置がこの国内まん延の状況でこの条件に当てはまっているのかには疑問が残ります。

また、検疫法第16条第4項には「当該停留されている者について、当該停留に係る感染症の病原体を保有していないことが確認されたときは、直ちに、当該停留されている者の停留を解かなければならない。」とも規定されており、偽陰性の可能性があるとはいえ、空港検疫における検査や待機施設における検査で陰性になった者は停留を解かれるべきであり、引き続き停留を求めることは検疫法第16条の定めに基づく停留の範囲を超えるものであると考えます。もし仮に、偽陰性の可能性があることを理由に停留を継続するのであれば、同条第6項の規定に基づき停留を解くことを求めた場合に適用される同条第7項の「検疫所長は、前項の規定による求めがあつたときは、当該停留されている者について、当該停留に係る感染症の病原体を保有しているかどうかの確認をしなければならない。」という規定をどのように運用するのかが気になるところです。

もし潜伏期間の偽陰性を考慮するのであれば、検疫法第16条第4項及び第7項に「潜伏期間により当該停留に係る感染症の病原体を保有していないことを確認できない場合を除き」のような条件を法改正や施行令・施行規則で付すべきであると思います。

誓約書の法的根拠について

上記答弁によると、誓約書提出の協力については検疫法第16条の2第2項を法的根拠としています。検疫法第16条の2第1項及び第2項は、

第十六条の二 第十四条第一項第三号の規定による求めは、第二条第二号に掲げる感染症の患者については、厚生労働省令で定めるところにより、当該感染症の病原体を保有していないことが確認されるまでの間、当該者の体温その他の健康状態について報告を求め、又は宿泊施設から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求めることにより行う。

2 第十四条第一項第三号の規定による求めは、第二条第二号に掲げる感染症の病原体に感染したおそれのある者については、厚生労働省令で定めるところにより、当該感染症の潜伏期間を考慮して定めた期間内において、当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求めることにより行う。

と規定しています。

検疫法第14条第1項第3号により、COVID-19に感染したおそれのある者(流行国からの帰国者)に対して感染症の感染の防止に必要な報告と協力を求められるとされています。前述のとおり、検疫法第16条第3項において「当該感染症の潜伏期間を考慮して定めた期間内」は検疫法施行令第1条の3第6号により336時間と定められているため、これを準用すると、検疫法第16条の2第2項は「検疫所長が入国者に対して、336時間以内の期間、居宅等から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求める」ことができることを規定していると考えられます。

この「その他の当該感染症の感染の防止に必要な協力」の解釈が非常に難しいところではありますが、法律用語では「その他」と「その他の」は使い分けられており、「その他」の場合は前後の事項が並列の関係であり、「その他の」の場合は前の事項は後ろの事項の例示であるとされています。そのため、「当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないこと」は「当該感染症の感染の防止に必要な協力」の例示であると解すべきであり、検疫法第16条の2第2項では自宅待機に限らず「当該感染症の感染の防止に必要な協力」を求めることができるとされています。一方で、「当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないこと」は「当該感染症の感染の防止に必要な協力」として求めるものであり、当該感染症の感染の防止に必要でなければこれを求めることはできないと考えられます。

誓約書と厚生労働省の指定するアプリの関係についての法的問題点

上述のとおり、誓約書の提出は「当該感染症の感染の防止に必要な協力」を根拠としていると考えられます。誓約書の内容は、雑に要約すると以下のとおりです。

  • 検査証明書やワクチン接種証明書、滞在した国・地域などを虚偽無く申告すること
  • 自宅又は宿泊施設等で待機すること
  • 他者との接触を行わないこと
  • 公共交通機関を使わないこと
  • 保健所の指示があればそれに従うこと
  • 厚生労働省の指定するアプリをインストールし、健康状態の報告を行うこと
  • 厚生労働省の指定するアプリをインストールし、位置情報の送信、ビデオ通話への応答をすること
  • スマートフォンで位置情報を指定の期間取得、保存すること
  • 感染防止対策に努めること
  • 誓約の内容に違反した場合は、氏名等が公表されうること

一見すると、これらは「当該感染症の感染の防止に必要な協力」であるように読めますが、「厚生労働省の指定するアプリをインストールし」という点に大きな問題があります。このアプリはMySOSというアプリなのですが、この利用規約及びプライバシーポリシーが「当該感染症の感染の防止に必要な協力」を著しく超えた情報を要求しており、例えば、待機期間終了後も個人情報を削除する旨の規定がなく、また、取得した情報をMySOSを提供するAllm Co. Ltdという会社から厚生労働省及び法務省に加えて、Emergency Assistance Japan Co., Ltd.に提供する旨の記載があり、誓約書に記載された入国者健康確認センターや保健所以外の私企業に個人情報等が提供されることが規定されています。「厚生労働省の指定するアプリをインストール」して各操作を行うには、この誓約書で定められた事項を大幅に逸脱した利用規約及びプライバシーポリシーに同意する必要があります。

上記答弁では、誓約書について「検疫法第十六条の二第二項の規定により、我が国への入国をしようとする者に対し、感染症の感染の防止に必要な協力として求めているものであり、同条第三項の規定により、当該協力を求められた者はこれに応ずるよう努めなければならないこととされている」とあります。しかし、上記MySOSの利用規約及びプライバシーポリシーへの同意は、検疫法第16条の2第2項に規定される「当該感染症の感染の防止に必要な協力」の範囲を著しく超えたものであると考えます。そのため、この誓約書は違法であり、これを拒否したことを根拠に「当該感染症の感染の防止に必要な協力」に応じない者と判断することは不適切であると考えます。

また、「『誓約書の提出を拒否』した者又は『全部または一部に同意しない意思を示して誓約書を提出』した者に対しては、検疫法第十六条の二第二項の規定により、感染症の感染の防止に必要な協力として、検疫所の確保する宿泊施設での一定期間の待機を求め、当該求めに応じない者がいる場合には、検疫所長は、原則として、同法第十四条第一項第二号の規定による停留の措置をとることとしている」 との答弁がありますが、「検疫所の確保する宿泊施設での一定期間の待機」については、前述のとおり、実質的には検疫法第16条第2項による停留措置であり、これを同法第16条の規定に依らず、同法第16条の2第2項の規定により「当該感染症の感染の防止に必要な協力」として求めることは適切ではないと考えます。また、同法第14条第1項第2号の規定は、「外国に当該各号に掲げる感染症が発生し、その病原体が国内に侵入し、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認めるときに限る。」と定められているように、「誓約書を提出しないから停留」というような措置は本来はできないものであると考えます。

なお、2022年1月の入国において私は、以下のような条件を付した誓約書を提出しました。

_________(以下、入国者という。)は、本邦帰国(以下、入国という。)に際し、(1)に記載の事項を下記の条件1乃至4において誓約いたします。

  1. 誓約に違反した場合の感染拡大の防止に資する情報の公表及び提供については、その内容及び方法について事前に入国者の同意を得ること。

  2. 厚生労働省の指定するアプリにて情報を取得する場合は、指定の待機期間が終了した後14日以内に入国者に関する全ての情報を削除すること。

  3. 位置情報の送信や入国者健康確認センターからの連絡への応答については可能な限り対応に努めますが、入国者の業務や睡眠等の生活の都合によりこれを確約するものではないこと。

  4. 入国者健康確認センターからの連絡への応答については、録音録画しないこと。

「当該感染症の感染の防止に必要な協力」は入国者の義務であると考えているので、濃厚接触者の追跡に必要な位置情報等の提供や公共交通機関を使用しないことなどは必要なことであると思います。一方で、前述のとおり、誓約書にはMySOSにより取得された情報の削除や入国者健康確認センターからの連絡の録画については規定されていないにもかかわらず、2021年11月入国の際にMySOSの利用規約において削除の定めがないことや録画が行われている旨を示す表示を確認していたため、条件2及び4を追加しました。

また、帰国後の時差ぼけの関係もあり、睡眠時であろうと入国者健康確認センターからの連絡があり、元の誓約書ではこれを一度取りそびれただけで誓約違反となるため、条件3を追加するとともに、条件1で弁明の機会を得られるようにしました。さらに、条件1については、誓約違反時の氏名等の公表は、2021年11月に確認したときの運用としては、入国後11〜12日後ごろから7日間掲載されており、この掲載期間は検疫法第16条の2第2項の「当該感染症の潜伏期間を考慮して定めた期間内」のほぼ終了間近からこれを超えた期間であったため、同項による措置としては合理的でないと考えたので、万が一、誓約違反とされた場合に「感染拡大に資する情報」として公開することの根拠を尋ねるつもりでもありました。

なお、前述のとおり、前記答弁によれば、私は「『全部または一部に同意しない意思を示して誓約書を提出』した者」に該当しますので、検疫官に一度は誓約書を書き直すように指示をされました。ただ、MySOSの利用規約及びプライバシーポリシーについてはどうしても合理的でなく納得できるものでなかったため、検疫官に上記のようなこの条件の背景を伝え、感染拡大防止に資する協力はする旨を伝えるとともに、これらの条件を付した誓約書を受理しない法的根拠を尋ねました。結果として、誓約書は受理されましたが、入国前14日以内に滞在していた国・地域の関係で、6日間の待機施設での隔離が必要でしたので、これを上記答弁における「検疫所の確保する宿泊施設での一定期間の待機」と運用されたのかもしれません。

これらの条件が守られているかは定かではありません。少なくともMySOSにおける入国者健康管理センターからの連絡は録画している旨の表示がありました。

MySOSと不正指令電磁的記録に関する罪

MySOSによる通話の録音・録画機能は、誓約書や利用規約で示されておらず、不正指令電磁的記録に関する罪に該当しうると考えられるほどのものであると考えられます。先のコインハイブ事件の最高裁判決(最高裁R4.1.20)でも判示されたように、不正指令電磁的記録に関する罪のうち、刑法第168条の2第1項の構成要件としては「不正性」と「反意図性」の2つであると考えられます。

MySOSのビデオ通話は、iOS版では、ロック画面で着信するとロック解除操作が「slide to answer」となります。つまり、ロック画面を解除することができず、スマートフォンを利用するには応答するしかありません。また、応答した場合、直ちに自動的にカメラがオンとなり、自動的に録音・録画が開始され、たとえ機密性の高い会議をしていた場合でも、この通話や録音・録画を終了するための手段が用意されていません。

一般のビデオ通話アプリでは、カメラを使用する場合は利用者がカメラを明示的にオンにする操作が必要であったり、通話を終了する手段が用意されていることを考えると、MySOSの挙動は利用者の意図に著しく反するものであり、「反意図性」を認めるべきであると考えます。また、誓約書においては「カメラをオンにして応答すること」と記載されており、利用者がカメラをオンにすることを想起する記述となっていることからも、利用者の意図に反するプログラムとなっています。

刑法第168条の2第1項のもうひとつの構成要件である「不正性」については、コインハイブ事件の最高裁判決では「その機能の内容が社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断するのが相当である」とされています。このうち、録音・録画については、誓約書及び利用規約により規定されておらず、また、上述のとおり、利用者の同意なく自動的に録音・録画が開始され、さらにそれを停止する機能を有しないことから、利用者としてはブラクラ(ブラウザクラッシュ)のようにスマートフォンのマイクとカメラ資源を不正に専有され、さらに機密性の高い会議中やプライバシーの保護が必要な状況であっても不正に情報が記録され(サーバに送信され)続ける状況となります。これは、例えば、Webサイトの閲覧中にスマートフォンのマイクとカメラによる録音・録画が開始され、その情報がサーバに送信、保存されたとしたら、明らかに「不正な」プログラムであると言えますが、それが通話アプリであっても、利用者の同意なしに録音・録画を開始し、それを停止、終了する手段のないプログラムは社会的に許容し得るものではないと考えます。よって、MySOSの「不正性」を認めるべきであると考えます。

(補足:「これが不正指令電磁的記録に関する罪に問われうるのであれば、萎縮してしまい技術の発展を妨げるおそれがある」というコインハイブ事件の弁護側の主張には大きく賛同するので、このアプリの制作者の処罰を求めたいという意図は(現時点では)ありません。一方で、一技術者・計算機科学者としても、コインハイブ事件のようにCPUやメモリの使用に関しては、その行為がデータを破壊するなど影響のある行為でない限り、ある程度は認容すべき(若しくはOSで制御すべき)であると考えますが、カメラやマイクなどの利用者のプライバシーに係る機能やデータを記録、修正、削除するような機能については、まさに一歩間違えればコンピュータウイルスとなり得るものであるため、利用者に最大限配慮した上でプログラムを構築すべきであると考えます。そのため、このアプリのこのような点を改善するとともに、今後、厚生労働省がこのようなアプリを入国時に必須のものとして指定してしまわないように願います。(おそらくこのアプリについてGDPRの話を含めるともっとややこしくなると思います。))

初日不算入の原則に関する問題点

(現在は7日間や10日間に短縮されることもありますが)2021年11月時点では、14日間の自主隔離(自宅等での待機)が必須でした。この14日間の自主隔離は、初日不算入の原則により、入国の翌日から14日間とされていました。しかし、上述のとおり、検疫法第16条第3項における「当該感染症ごとにそれぞれの潜伏期間を考慮して政令で定める期間」は、14日間ではなく336時間と規定されているため、初日不算入の原則をここに適用するのは不適当であると考えます。

なお、初日不算入の原則は、民法第140条で

第百四十条 日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。

と規定されており、これを準用しているものと考えられます。一方で、上述のように時間によって定めた場合は、民法第139条で

第百三十九条 時間によって期間を定めたときは、その期間は、即時から起算する。

と規定されているとおり、これを準用すると検疫法における停留の期間については、即時起算すべきものと考えられます。

質問票の法的根拠と検疫官の身分

検疫法第12条の規定に基づく質問票は、その名前のとおり検疫法第12条が法的根拠となっています。検疫法第12条は、

第十二条 検疫所長は、船舶等に乗つて来た者及び水先人その他船舶等が来航した後これに乗り込んだ者に対して、必要な質問を行い、又は検疫官をしてこれを行わせることができる。

と、乗客個人に対しても検疫所長又は検疫官が質問を行えることを規定しています。

これ自体は問題ないのですが、上記の水際対策の実態で説明した手続き1の「書類が揃っていることのチェック」において、アルバイトらしきスタッフが確認するのですが、書類の不備等があると、検疫官と思われる制服を着た人が対応に来ます。

2022年1月の入国の際に、前述のとおり、誓約書に条件を追記したため、検疫官(と思われる人)とのやりとりがあったのですが、その際に当該検疫官に対して「氏名と役職等の身分」を明かすようにお願いをしたのですが、「委託を受けているが、会社名、氏名、役職等は伝えられないことになっている」との回答がありました。

一方で、検疫法第31条第1項には、

検疫所長及び検疫官は、この法律の規定による職務を行うときは、制服を着用し、且つ、その身分を示す証票を携帯し、関係者の要求があるときは、これを呈示しなければならない。

と規定されており、上記の回答は(罰則規定はないですが)これに違反しているものと考えられます。未曾有の事態における水際対策で、検疫官の業務を外部に委託することは仕方がないことだと思いますが、検疫「官」として委託を受けた以上、法令遵守を徹底していただきたいです。

技術的課題

水際対策におけるデジタル技術に係る課題については、思うところがいろいろあるのですが、まとめるのに時間がかかりそうなので後日後編で書く予定です。待機施設での生活も要望があれば書くかもしれません。